秋田からのお客様
11月に秋田の大潟村へ行った。その日はとっても荒れていたが、八郎潟の水をかい出して干拓した、大潟村の大規模なお米作りの広大な田んぼをみた。大潟村のお母さんたちとの夜の交流会で、「三国へ行きたいな。三国へ行くからね」という話になった。
あれから3ヶ月、2月11,12日の連休に本当に大潟村から5人のお母さんたちがやってきた。前日の夜行列車の寝台に乗って朝早く、越前鉄道の三国の電車の駅に着いた。「朝早いから、朝ごはんはどこかで食べていくから」という電話。いや、いや、田舎は朝ごはんがたべれるようなお店はないよ!と夫の返事。
そこで朝食は、我が家で準備。炊き立てのコシヒカリのご飯と、鶏小屋から取ってきた卵。仲間たちで作っているきっちょんどんの豆腐と味噌汁。
朝食が終わって、片づけが終わって、ミニおけら塾開始。
山崎一之さんの、今農業の置かれている現状。世界の中の日本の農業と、その中で地域で生き抜くための私たちの必要な取り組み。
堅苦しい題名だが、実はこれが面白い。近視眼的に私たちは必死になって生きているが、ちょっと視点を変えれば、こんなに面白い時代は今までかってなかったのだ。
理想の農村、理想の農業を目指して、米が行き詰って、米作りに行き詰ったと感じている大潟村の人達にとっても目からうろこ!男性中心社会の行き詰まりの中から新しい試みを繰り返す中で大潟村は今も、相変わらず理想の農村、農業を求めていることに気づく。
大潟村は合併せず。村長さんも日本の農村では珍しく女性。大潟村はこれから女性たちの一人ひとりの発言と行動が地域を動かしていく時代になる。どんな村になるのだろう。
昼はラーバンの仲間たちで立ち上げたきっちょんどんのおからの出ない豆腐や「きっちょんどん」の2階の豆腐レストランで手作り豆腐料理のコース。豆腐のグラタン、豆腐田楽、自分で作る豆腐もある。
食事が終わってパート2、私たちは世界は戦争によって変わる!と思いこんでいた節があるが、世界はたべものによって変わっていた。長い歴史の中で、世界の戦争の主な原因は食料の奪いあい。食料を生産するための土地の奪いあいだ。南米のペルーはジャガイモの発生地。ジャガイモが手に入ったことによってヨーロッパは、ドイツからフランス、アイルランドまで、食の歴史を変え、胡椒などのスパイスを手に入れることによって、ヨーロッパの人々の食卓はもちろん、新大陸を発見し、ヨーロッパの長い歴史が変わったのだ。農業から見ると、世界の歴史はずいぶんと異なった面白い見方が出来る。
夜はミカさんの上海料理の講習会。これまたメインは豆腐料理。ミカさんは上海から福井へ嫁いできたお嫁さん。料理を作りながら中国語を学ぶという本来の目的はどこへやら。ミカさんの楽しい話術に誘われて、参加者は中華料理をおそわりながら異文化の違いを楽しく語り、味わう、お食事会となって、秋田のお客様は三国の料理教室参加者と楽しい交流会。秋田弁と三国弁と中国なまりの福井弁の飛び交う国際色豊かな料理教室だった。
秋田のお客様なら、温泉に入りにおいでと芦原温泉のべにやさん。紅やさんは昔からずっと変わらず、安心して召し上がっていただける地元のものをと食材にこだわり、北陸で採れない季節の果物はヒロインの農産物も取り寄せて使ってくださっている。農業に携わる私たち女性の応援団として田舎のヒロインのメンバーでもある。ゆっくりお風呂に入ってくつろいでもらうのも参加する意義という。これからは農業と旅館との有機的なむすびつきが各地域でひろまるかも!
あくる日は、三国の街中散策。今、ちょうど三国が面白い。町の人達も参加して、少しずつだが街中に人通りができて静かに変わっている。ジェラート・カルナ、三国湊座、お三味線生演奏とお抹茶、森田銀行、岸名邸、梅谷邸(三國湊町屋館)。。。
お昼は小料理屋さんの魚志楼で。昔、三国に遊郭があった。男たちが通うとおりのなごりに小さな見落としてしまうような思案橋と見返り橋があって、魚志楼さんの建物にはその名残と風情が残っている。
秋田のお客様は、たっぷり三国を堪能してその日の夜行で帰られた。
忙しかったけれど、たっぷり楽しい時間。ラーバンの森で三国の人達とも交流できてラッキーなお客様だった。
