田舎のヒロインわくわくネットワーク

壮絶なる死

 一頭の牛が立てなくなった。わかはや号という。栄養失調だからと獣医さんがビタミン剤と点滴を打ってくれた。ごつごつした背中の骨が痛ましい。確か夏のころにも栄養失調で獣医さんに点滴を打ってもらっていた牛だ。「もうすぐ出産も近いのになんで栄養失調に?」というと「餌がすくなかったんや」憮然として夫が言った。

 ところがあくる日、一緒の牛房にいたもう一頭のしげこ号も立てなくなった。「これも栄養失調や」と夫が言う。ちゃんと餌をやっているのに、なんで栄養失調になるの?それなら水分と栄養を取らなきゃと、米ぬかを白湯にといて朝晩に与えた。

 2頭ともよく飲んだ。少しづつ元気になって草やわらをなめて餌を催促するようになった。ところがどうしても立とうとしても立ち上がることが出来ない。立ち上がる力がないから、充分に水も飲めない。とうとう力尽きて、元気だったしげこのほうが先に死んでしまった。

 それから、2~3日してわかはや号がいきみだした。どうやら陣痛のようだ。いきみながらうめいている。やがて苦しさが局地に達してうめきになった。いったい何が起きているのだろう。子宮の中に手をそっと入れてみた。子牛の頭がある。が、足がない。手のひらを開いて腕を入れてみた。奥のほうに足が折れ曲がっていた。そっと足を伸ばしてひっぱて見た。いきみに合わせて、引いた。足が分解して骨が出てきた。肩が引っかかって出てこない。牛のうめきは頂点に達した。なんとしても産みたいらしい。必死にいきんでいる。夫に一緒に引いてもらった。子牛の首が抜けた。中から子牛の体がずるっとでてきた。子宮の中で子牛は死んで体の一部が溶けかかっていた。どんなにか苦しかっただろう。親牛はほっとしたように目を閉じた。そして夜、静かに逝った。大きな仕事をなしたように安堵に満ちた安らかな寝顔だった。生きる力と生む力。母牛の生と死の闘いに付き合ってまんじりともしない一晩だった。

 あくる日、保険所へ運んで解剖し、調べてもらった。胃袋にロープが詰まっているという。消化しないロープのせいで、餌を食べても栄養失調になって、消化吸収されず、体力がなくなって死んでしまったのだった。もうすぐ産み月の子牛が栄養失調のせいで成長しきれず、胎内で腐ってしまった。それでも、最後の力を振り絞って出産を終えたのだった。

 原因は、たぶん2頭とも、カラスの運んだロープが餌箱に入って、わらと一緒に食べてしまったのだろうという。すまないことに誰も気がつかなかった。春先から夏にかけてのカラスのいたずらは目に余る。集団で牛小屋へやってきて、餌袋をつついたり、ブラシや金具のものを運んだり、糞は撒き散らす。追っても追っても群れを成してやってくる。空からやってくるものにはかなわない。以前はよく、カラスたちは鶏の卵を盗んでいって牛舎の二階で割って食べていたものだ。鳥インフルエンザの流行の恐れがあって、鶏は戸外へ出さず、ハウスの中で飼うようになったからカラスもあきらめたようだが、とんでもないギャングたちだ。

 生きる力といのちを生み出す力を目の当たりに見せてくれたわかはや号。サラバ!合掌


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